紙の知恵袋

    地球環境保全と、紙の生産による森林資源との関係    2016.11.

    現在、環境保護、保全の問題は世界的な重要課題となっております。 2016年11月17~18日、モロッコで「気候変動枠組条約第22回締約国会議(COP22)が開催されました。

    この会議は、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極の目的とし、地球温暖化対策に世界全体で取り組んでいくため毎年開催されています。この会議の中で最も重要視されているのが、温暖化に大きな影響を与える二酸化炭素ガス(CO2)の問題です。

    現在、地球の平均気温は14℃前後ですが、もし大気中に水蒸気、二酸化炭素、メタンなどの温室効果ガスがなければ、マイナス19℃くらいになります。太陽から地球に降り注ぐ光は、地球の大気を素通りして地面を暖め、その地表から放射される熱を温室効果ガスが吸収し大気を暖めているからです。
    近年、産業活動が活発になり、二酸化炭素、メタン、さらにはフロン類などの温室効果ガスが大量に排出されて大気中の濃度が高まり熱の吸収が増えた結果、気温が上昇し始めています。これが地球温暖化です。

    世界の二酸化炭素排出量

    大気中にはいろいろなガスが存在しますが二酸化炭素は約0.04%とわずかです。こうした気体は温室効果ガスと呼ばれます。もし、このような気体がなけ れば、地球の平均気温は−19℃であり、氷の世界になってしまいます。
    18世紀後半頃から、産業革命に伴い大気中の二酸化炭素の量は産業革命前(1750年頃)と比べ40%程増加しました。二酸化炭素の排出量と世界平均地上気温の上昇変化はおおむね比例関係にあるとされています。ゆえに、これからも人類が同じような活動を続けるとすれば、地球の平均気温は今より上昇すると予測されています。
    IPCC第5次評価報告書によると2100年の世界地上平均気温は、現在(1986-2005年)と比較して0.3~4.8℃上がると予測されています。温室効果ガス、とりわけフロンなどの人工の温室効果ガスは二酸化炭素の数千倍の温室効果があり、わずかな量でもその影響が心配されています。

    気温が上昇すると
    平均気温の上昇は、夏の熱中症の患者増加。極端に少雨の年と多雨の年の出現。それに伴い干ばつと洪水の二極化。
    また、海水の温度上昇も強大な台風が発生しやすくなると言われています。海岸沿岸地域では海面上昇による砂浜の減少に加えて高潮のリスクも高まります。
    2014年8月にはヒトスジシマ蚊の媒介によるデング熱の症例が約70年ぶりに日本で報告されました。ヒトスジシマ蚊は、近年、温暖化によってその生息域が広がっています。
    地球規模で見ると、海面が上昇して数多くの島々が海に沈みます。特に、マーシャル諸島や低地の多いバングラデシュでは大きな被害がでます。
    日本では、美味しいお米がとれなくなり、病害虫の懸念も増大します。こうした気候変動は世界的な農産物の収穫にも大きな影響を与え、国際相場が大きく変動します。とりわけ食糧の輸入依存度の高い日本への影響が心配です。

    今回は地球温暖化の原因と影響について、概略を述べました。大きな原因となっているのが人間の産業活動による二酸化炭素の増加です。そしてその二酸化炭素を吸収するのが、森林ですがその森林資源がこれまた人間の活動によって減少しています。その原因の一つに製紙による材木の消費がありますが、各製紙メーカーはその対策に真摯に取り組んでいます。紙加工品を販売する当社としてもそのことには大きな関心があります。次回から温暖化と森林資源、紙の生産についてもう少し掘り下げてみてみたいと思います。

    参考文献 : 全国地球温暖化防止活動推進センター「地球温暖化の基礎知識」

    染料インクと顔料インク                 2016.9.12

    お客様から時々「インクの種類で染料と顔料はどう違うのか」という質問をお受けします。そこで今日はそのことについてご説明いたします。

    インクジェットプロッターのカタログを見ると、確かに機種によって「染料インク」「顔料インク」という表示があります。

    まず「染料」は、水、油、アルコールなどに溶ける性質を持ち繊維の中に浸み込みます。そのためインク同士がなじみやすく印刷面が滑らかです。又、紙そのものの持つ光沢感なども生かしやすく、写真印刷などには向いています。 一方で、耐水性、耐光性には弱く、屋外での掲示などには向いていません。

    一方「顔料」は、粒子が大きく水や油に溶けず、繊維の中にまで浸透することなく表面にくっついているという感じです。長所としては、耐水性、耐光性に優れている。にじみが少ない。濃く、くっきりと印刷される。という面があり、文字印刷に適しています。 短所としては、繊細な色の表現は難しいところです。

    以上のように、それぞれ一長一短がありますが、現在多くのプリンターでは、発色がクリアで安定性に優れ、また扱いやすいなどの特性から染料インクの方が主流となっています。

    自分は写真印刷が多いから、「染料」。 文字印刷が多ければ「顔料」という分け方もありますが、写真印刷でも耐水性、耐光性を求めるなら「顔料」という選択肢もあります。要は自分の用途に合わせて選ぶことでしょうね。

    ただ、今は染料インクと顔料インクの両方が使えるプリンターもありますし、インクもプリンターも進化をし続けていますので、これからはユーザーの多様な要求がかなえられる時代になって行くことと思われます。

    製図用紙と複写③ 2016.3.7

    図面の複写方式で大活躍していたジアゾ複写に衰退の兆しをもたらすこととなったのは、1950年代に登場した「ゼログラフィー」という、これまでにはなかった電子複写方式でした。1959年にアメリカで「Xerox914」が発売され、2年後には日本でも富士ゼロックスによってゼロックスの複写機が販売されました。この複写方式は現在では当たり前になっていますが、従来のジアゾ方式の「透過性のある原稿を使い、感光液を塗布した紙にコピーし、現像液又はガスによって現像する」という方式とは全く違いました。すなわち「どんな原稿からも、何も加工していない普通の紙にコピーが出来る」という画期的なものでした。しかし、当初は高価であったため、大企業、銀行、官庁などに需要は限られていました。1970年代に入りゼロックスの基本特許が切れたこともあり、国産メーカーが一斉に電子複写機に参入し、事務用タイプでは一気に普及が進みました。

    図面用の電子複写機は1966年に発売された「ゼロックス1860」が、コピー巾440㎜ですが長尺の複写が可能でした。A0判でも左右半分づつコピーしてから透明テープで貼りあわせれば一枚の図面になるということから、自動車、電機、工作機械など、メーカーの設計・複写部門に急速に導入されました。しかし、当初はコピーコストも高かったため、図面をトレーシングぺーパーにコピーし、それを原稿にしてジアゾ感光紙に焼き付けるという、いわゆる第2原図の用途がほとんどでした。この「ゼロックス1860」は高熱でトナーを定着させるため、熱に強いトレーシングペーパーが要求され、厚手の輸入トレーシングペーパーの需要が拡大しました。又、この頃はまだ「CAD」が産声を上げたばかりで一般には普及しておらず、設計者は手書き用の製図用紙を大量に使用していました。この頃から10数年の間がトレーシンペーパーと感光紙が最も多く使用されていた時代と言えるでしょう。

    1980年代に入り、CADと図面用大判電子複写機の普及により、まずトレーシングぺーパーの需要が急減し、その後、ゆるやかに感光紙の使用も減ってゆきました。そして2015年3月、ジアゾ複写機・感光紙の供給メーカーである「㈱リコーが、《2016年3月末をもって「ジアゾ複写機の消耗品販売終了」及び「ジアゾ複写機の保守の終了」》を発表しました。このことは、ジアゾ複写方式とそれに深い関わりを持つトレーシングペーパーのこの業界における使命が完全に終了したことを意味すると言えるでしょう。

    ㈱リコーお知らせ:https://jp.ricoh.com/info/2015/0304_1.html

    世の中に家を建てたり、自動車その他を生産したり道路、橋などを作ったりすることが続く限り、「設計と図面の出力・複写」は切っても切れない関係にあり、無くなることはありません。そういう中でこれらの技術も更に一層の進歩・変革を重ねていくことでしょう。私たちもそれらの流れを見ながら、且つ体験しながら、その技術革新に必要なサプライ用品、ハードなどの情報提供と販売に取り組んでいくことが一つの楽しみであり使命であると考えております。

    「製図用紙と複写」は今回をもって終了します。少しお休みを頂き、又、新たなテーマでお話しできればと考えております。

    製図用紙と複写②    2016.2.10

    製図用紙に図面を描きそれを複写機で感光紙にコピーする(通称「青焼き又は白焼き」)、という一連の流れは1920年代から1980年代にかけて、設計・複写の世界では最も普及していた方式でした。

    設計図面を複写する方法としては前回少し触れましたが、まず、最初に鉄鉛の感光性を利用した「青写真」に始まり、次にジアゾ化合物を使った「ジアゾ感光紙」が開発されました。この両者の特徴はいずれも、透過性のある用紙に製図して、感光紙の上に重ねて露光し、それを現像液又は現像ガスに通して画像を出現させるというものです。そのためには透明度の高い用紙(トレーシングペーパーなど)に鉛筆や墨で製図する必要があります。青写真は全体が青い地に画線が白く発色するというもので、その使用は1900年代初頭から始まりました。しかし図面が見づらく文字を書いたり訂正したりするのに大変不便でした。これを解消したのが1927年、理化学研究所によって開発された「陽画感光紙」でした。こちらは白地に青い画線・文字が発色するため大変見やすくなりました。露光については、当初は基本的には日光焼き付けで、雨が降るとコピーできないという不便さがありましたが、その後、アーク灯や、水銀灯などが開発されてゆきました。このように進化してきたジアゾ感光紙と複写機は、特に戦後の復興期から高度成長期にかけて、図面用でも事務用でも大活躍しました。それに伴い製図用紙も、和紙、トレーシングペーパー、フィルムなど、用途に応じて大量に使用されました。

    しかし現在は電子複写全盛の時代となり、今や、「感光紙」そのものを知っている人さえ段々と少なくなってきています。「青写真・ジアゾ複写機・感光紙」はやがて産業遺産となるかもしれませんね。このような複写システム変革の大きな要因は、大型PPC複写機の出現と、設計のIT化でしょう。この二つのことが、製図用紙と感光紙の需要にも大きな変化をもたらしました。

    次回は隆盛を誇ったこのジアゾ複写方式がどのように衰退して行ったかについて述べることとします。

    製図用紙と複写①   2016.1.5

    製図用紙として、どのような紙がいつから使われてきたのか、その正確なことはわかっていません。というのは、このブログで以前にも書きましたが、昔はお寺、ピラミッド、城などを建てる時、あらかじめ設計図を描くことは殆ど無かったからです。 但し、日本では7世紀頃から紙が作られていましたので、それらを使って設計図らしきものが書かれたかもしれません。

     製図、画材用紙として、よく知られたものでは1700年代にイギリスのケント州で生まれた「ワットマン紙」が有名で世界中に輸出されました。ワットマン紙はすでに販売が中止されておりますが日本では海図用として開発された「ケント紙」があります。ケント紙は一般の製図用にも使われましたが、現在は画材、名刺用紙等として残っています。

     さて、近代的な技術、製図教育は18世紀末にフランスで設立された「エコール・ポリテクニーク」に始まるということを以前にも書きました。そこから現在に至るまで設計・製図の技術は大きな進歩があった訳ですが、製図用紙は複写との関係が極めて大きいため、まずそのあたりから見てみたいと考えます。

     当初、設計図はワットマン紙やケント紙などに烏口や専用ペンを使って墨で書かれていました。しかし、図面は関連する人、部、組織で情報を共有するために複数のコピーを作成する必要があります。1445年頃グーテンベルクによって活版印刷の技術が考案され、聖書などの本の大量生産が可能になりましたが、原本から少部数を複製するためには手書きでするしかなく(トレース⇒トレーシングペーパー)、設計図などは手間もかかり誤りも頻発します。

     初めての機械的コピー機は蒸気機関を発明したジェームス・ワットによって1780年に開発された「コピープレス」と言われています。これはコピーインクという特殊なインクで書いた紙の上に薄い紙を乗せてプレスをすると上の薄い紙に下のインクが染みて転写されるというもので、20世紀まで使用されたそうです。その後、謄写版や銀塩写真なども出てきましたが、効率、コストの面で難がありそれほど普及しませんでした。

     このような中、1842年イギリスの天文学者ジョン・ハーシェルによって「青写真」が発明されました。青写真は原稿と感光紙を重ねて露光すると黒い文字や線は光を通さないので白く残り、それ以外の部分は光を通し青く発色します。その後、1920年ドイツでジアゾ式複写機(青焼機)が開発され、機械や建築の図面に使われたため、設計図のことを「青写真」と呼ぶようになりました。この複写機を利用するためには、透明度の高い用紙に図面を書く必要があり、それがいわゆる製図用紙・トレーシングペーパーと言うことになります。ただ製図用紙と言ってもかなり種類があり、木材パルプのみならず、コットン、リネンなどを原料にしたものや、日本の和紙も製図用紙として広く使われてきました。当初、図面用に用いられた和紙は、その特徴から土佐で手漉きされた「図引紙」と言われております。一時は、機械すきの和紙も多く使われましたが、現在は需要激減のため、手漉き、機械すき共、図面用和紙の生産量は極めて少量となっています。

    一般的に複写用の製図用紙としては、木材パルプから作られたトレーシングペーパーが多く使用されてきました。トレーシングペーパーは、普通紙と違い半透明ですが、紙の透明度というのは、その繊維の間に含まれる空気の量によって異なってきます。空気の量が多いと光がその空気に乱反射して、反対側に抜ける率が低くなります。一般的に印刷用やPPC用の上質紙などは、パルプの繊維が長く、その間に空気が多く含まれ、光が乱反射して白く見えるわけです。トレーシングペーパーは繊維を細かく砕き(叩解)、圧縮してより薄くし、繊維の間の空気を極力少なくすることにより光を反対側に抜けやすくしたものです。そのため半透明に見えるわけです。この他トレーシングペーパーには、伸縮、カール、破れ易さ、筆記性など多くの弱点もあります。それらを克服するために製紙メーカーは研究を重ねてきた訳ですが、今やこのトレーシングペーパーも製図用としては極めて需要が少なくなってしまいました。その理由は複写技術の進歩発展によるものであり、次回はそのことについて述べる事と致します。

    ・パルプの叩解(こうかい):http://homepage2.nifty.com/t-nakajima/kamikiso01.html

    ・図面の修復:http://www.trcc.jp/1st_archives_001_03.html

    ・ガラスはなぜ透明なのか:http://optica.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-541a.html

    製図器具・用紙の変遷 2015.11.24

     ものを作ったり、建物を建てたりするその前の段階で行うのが設計であり、それに伴い製図が必要になります。今回は設計・製図に必要な筆記具や製図器具についてお話し致します。

    1、筆記具・製図器具

      私達が小学校に入り、最初に手にした筆記具といえば鉛筆でしょう。鉛筆は黒鉛を棒状にして木軸の中にはさんだものですが、この種の鉛筆ががヨーロッパで初めて作られたのは1660年頃と言われています。ドイツのステッドラー社の祖先であるフリードリッヒ・ステッドラーもこのような鉛筆を作っていました。それ以前にも木の先端に黒鉛の塊を詰めて使うようなものはありました。1761年ドイツのカスパー・ファーバーが黒鉛の粉を硫黄で固めた芯により鉛筆の製造を開始しましたが、書き心地は良くなかったようです。その後、黒鉛そのものが品薄状態となったため、1795年フランスのニコラス・ジャック・コンテによって開発されたのが、黒鉛の粉に粘土を加えて加熱し芯を作る技術でした。基本的にはこの技術で現在も芯は作られています。1835年ヨハン・セバスチャン・ステッドラーが鉛筆製造会社を創立。又、1839年、同じ技術を使って鉛筆を作っていたローター・ファーバー(ファーバー・カステル社4代目当主)が、六角形のデザインと「長さ、太さ、硬さ」の基準を作りました。

     我が国に鉛筆が伝わった正確な時期は分かりませんが、徳川家康(1542~1616)や伊達正宗(1567~1636)が持っていたとされる鉛筆)が現存しているそうです。ということは黒鉛を使った鉛筆が作られた初期の時代のものが、すでに日本に渡来していたと思われるわけですね。 日本で最初に鉛筆が作られたのは1870年代ですが、その後現在の三菱鉛筆、トンボ鉛筆などの基礎となる工場が鉛筆の製造を始めており、それぞれ100年以上の歴史を持っています。

     さて、製図用には一般的に濃度が2H~6Hのものが使われますが、精密な図面になると更に硬い7H~8Hも使われるようです。鉛筆の芯の硬さ(濃度)はJIS規格で6B~9Hまで17種類に設定されていますが、私たちが普通に使う硬さはHB、F、H、などが多いと思われます。現在はCADが主流になっていますので、設計の現場において鉛筆を使う事はかなり少なくなっていると思われます。しかしながら設計者の中には、筆記具にこだわりを持つ人も多く居るようです。

     世界中で鉛筆製造ににかかわる企業は数えきれないほどあるようですが、多くは部分加工、原料加工で、一貫生産しているメーカーはそれほど多くはありません。鉛筆の老舗ブランドというと歴史的にもドイツが多いのですが、中でも製図用では「ステッドラー」がよく知られており、愛用者も多いようです。同社は設計者からは芯ホルダーのイメージが強いようですが、他にもシャープペンシル、ボールペン、マーカーなど多種多様な筆記具を世界中で販売しています。他の筆記具メーカーとしては同じくドイツの、「ファーバー・カステル」、中空ペンの「ロットリング」などが有名です。日本では、三菱鉛筆、トンボ鉛筆が老舗の筆記具メーカーとして頑張っています。

    筆記具以外の製図用具に関しても少し見てみたいと思います。日本に西洋の製図用具が入ってきたのは明治以降のことです。明治20年頃には烏口、コンパスなどが販売されており、その頃には鉛筆も国産化して普及していました。烏口で使用するインクは日本では輸入品よりも良質な墨が好まれたようです。線を引くためのT定規、三角定規、雲形定規などの定規類。正確な縮尺で書くため、また図面を読むために必要な三角スケール。消しゴム、字消板、コンパス、デバイダー、分度器、など製図に必要なあらゆる器具が輸入されたり、開発されたりしてゆきました。中でも設計者の仕事を飛躍的に効率化させたのが、T定規、勾配定規、三角スケールなどの機能を集約したL型の定規をアームで操作するようにした製図機の出現でした。1953年に、武藤工業が製造販売を開始した「ドラフター」は瞬く間に世界中で愛用されるようになりました。私自身1970年代に、原子炉を製造する企業の設計室を覗いたことがありますが、そこにはドラフターが設置された100台以上のA0製図台に向かって図面を書く設計者の姿があり、壮観でした。

    しかし1980年代、パソコンの普及によりCADの需要が拡大したため、手書きの製図作業が減り、独占的な販売を誇っていた「ドラフター」は需要が減少してゆきました。ドラフターが多くの設計者にもたらした貢献度は極めて大きなものがありましたが、それだけに予想をはるかに超える需要の急落は、その様子を恐竜の滅亡に例える人も居たほどでした。それほどCADの普及は急激で目覚ましいものがあった訳です。上に記した、原子炉メーカーの設計室も短期間に全てがCAD用のディスプレーに入れ替えられていました。 尚、「ドラフター」は現在も武藤工業の子会社で販売されております。その後、コンピューターを活用した設計、製造に関する進化は目を見張るものがあり、現在はCAM、CAE、3Dプリンターなど、あらゆる用途に応用され現在に至っています。私のような紙の事しかわからない門外漢はその進歩についてゆけず「凄いなー」と訳も解らず感心して見ているだけの有様です。

    今回は少し、鉛筆に関することを長々と書きすぎた感じがします。次回は設計用紙と複写に関することを述べてみたいと思います。                                 

    鉛筆お役立ち情報 :http://jwima.org/pencil/02rekishi/02rekishi.html

    CAD : https://ja.wikipedia.org/wiki/CAD

    ムトーエンジニアリング : http://www.mutoheng.com/~drafter/drafter/d_EAJ-1000.html

    機械用CAD : http://d-engineer.com/3dcad/cadsyurui.html

    設計・製図の歴史

    設計・製図の歴史 

    前回は古代の建造物や古い図面、壁画などに関することをお話し致しました。

    今回は、設計の歴史についてすこし述べてみます。設計・製図の技術教育、歴史などについては梶山喜一郎福岡大学教授の講演論文集より要約してお伝え致します。

    まず西洋の技術教育と製図コースは、1794年フランスで設立された「エコール・ポリテクニーク(高等工芸学校)」において、理論と製図コースを学ばせたことに始まるということです。

    19世紀初めこのシステムが世界に広まり、ヨーロッパ各国でポリテクニークが設立されました。1821年ドイツでベルリン実業学校。1811年オーストリアでグラーツ工業学校。1816年アメリカの軍事学校などに伝えられ、日本では1877年(明治10年)、高等教育機関の大学(東京大学)と技術学校(工部大学)をスイスのポリテクニークをモデルとして設立されました。

    当時の設計、製図の技術教育は国によって違いがありましたが、このような製図技法、理論が教育機関の中で受け継がれてきた訳です。

    実際の産業社会における設計・製図は、技術、機器の進歩によって 大きな変化を遂げてきましたが、手書きによる設計の時代が長く続きました。

    1960年代、コンピュータによる設計システム、いわゆるCADが登場し、自動製図機といわれたペンプロッターも使われ始めました。その後のCAD、出図システムの進化はめざましく、静電プロッタ、レーザープリンタ、静電プリンタなどが普及し、設計効率、精度なども著しく向上しました。

     さて、このような設計・製図の進化と共に設計器具、製図用紙、複写用紙なども進化、変化をしてきました。

    この時代に、どのような製図器具や用紙が使われていたのか、振り返ってみたいと思います。

    次回はこれらのことについて述べることと致します。

    ・梶山教授講演論文 :http://monge.tec.fukuoka-u.ac.jp/jsgs/jsgs1/0txt.html

    ・CADについて : https://ja.wikipedia.org/wiki/CAD

    ・CADによる設計製図

     : http://www.ishida-df.jp/CAD-0/CAD-MAIN.html

    設計・製図に関連する用紙の歴史

    設計・製図関連用紙の歴史 ①

    当店取扱いのメイン商品は、設計製図に関連する用紙、材料、機器などです。

    そこで今回は、設計・製図の歴史に関するお話をさせて頂きます。

    物を作ったり、建築物を建てたりする時にはまず、設計をします。設計をすれば図面にするため製図用紙が必要になります。

    しかし、古代エジプトのピラミッド、古代ローマの遺跡群、ギリシャのパルテノン、中国の万里の長城 等等、紀元前から造られてきた歴史的建造物には設計図と言えるようなものがほとんど残っていないようです。

    あのような壮大且つ精巧な建造物がどのように造られたかはいまだに謎が多く、専門家、アマチュア含めて研究する熱心な人々が世界中に沢山います。 

     例えば、ギザのピラミッドの中で一番古いものは、紀元前2700年(4700年前)と言うことで日本では縄文時代中期のことです。     その頃には既にパピルスがありましたから、それを使って設計図が書かれたかもしれませんが、残念ながらそのようなものは発見されていません。 

     奈良の法隆寺(607年創建)の西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物ですが、その建立に際しては図面ではなく精巧な模型を作り、その倍数で材木の寸法を図ったりしたということです。

    世界で最も古い図面と言うのを探してみたのですが、上に記したように古代の建築物だけでなく、かなり新しい時代にならないとそれらしいものは発見されておらず、それも、どれが一番古いかを決めるのはなかなか難しそうです。そこで、世界・日本で現存する最も古い図面や絵画にはどんなものがあるかを少しだけ挙げてみます。

     日本で現存する禅宗仏殿の最古の図面は鎌倉円覚寺仏殿の平面図、立面図、断面図(1573年作成)といわれます。

     世界最古の天文図は、奈良県明日香村で発見されたキトラ古墳壁画に描かれたもの(西暦700年頃)。

     世界最古の洞窟壁画は、インドネシア・スラウェシ島の鍾乳洞内で発見された人の手形と動物を描いた絵で、約4万年前のもの。 

    最古の地図は、北イタリア、ヴァル・カモニカの岩絵群の中に在った地図(約3500年前)であり、この岩絵群はイタリアの世界遺産で最初に登録された。

    現代人の我々には、あまりピンとこないものばかりという感じですね。  ま、それはさておき、次回からはもう少し身近な設計・製図に関することを述べてみたいと考えております。

    法隆寺

    http://japan-web-magazine.com/japanese/japan-nara-horyu-ji-temple-around1-japanese.html

    ピラミッド

    http://karapaia.livedoor.biz/archives/52182015.html

    イタリア最古の岩絵地図

    http://www.jsurvey.jp/jfs/hoshino-italia.pdf#search='%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%82%AB%E5%B2%A9%E7%B5%B5%E5%9B%B3'

    最古の洞窟壁画

    http://gigazine.net/news/20141014-cave-paintings-indonesian/


    紙とかかわる私たちの生活

    今まで、紙の歴史や成り立ち、作り方などについて述べてきましたが、これからは私達の生活の中における紙とのかかわりについて、 また、紙とのかかわりから派生する、多様な出来事についても記してみたいと思います。そうなるとどこへ話が飛んで行くか予測ができませんので、あらかじめご了承ください。

    今回のテーマ 〔文化財の保存・補修について〕

     文化財の保存に和紙が重要な役割を果たしていることを知り、その文化財保存補修活動そのものに関心を抱き、少し調べてみました。しかし、その奥行の深さと巾の広さは予想以上のものでした。

     文化財とは、紀元前から近代まで数千年の歴史の中に残されてきたものです。それらに使われている材質は、石、木、紙、布、鉄、銅、ガラス、などなど 又、建築物、像、壁画、文書、絵画、他、多種多様です。

     それらを保存・補修するためには、伝統技術と共に近代科学技術を総動員しなければなりません。そのためそこに係わる人材は、補修専門技術者や伝統技術の匠、宮大工、研究者(歴史、地理、地質、土木、気象、化学、科学、生物、ほか)など、極めて多彩な人々です。

     また、それら文化財のある場所は、時には砂漠、地中、水中、山中、などであったりします。

     これらの文化財の保存・補修はどのように行われているのか、私のような門外漢が多少調べたところで、とても説明できるような簡単なものではありません。そこで、文化財の保存・補修に係わる機関、学校、工房などのホームページをご紹介させていただきます。これらは、ほんの一部です。

     皆様、ご興味をお持ちのお方は是非参考にご覧ください。

     1、専門機関

    http://savekyoto.jp/repair/

    http://www.tobunken.go.jp/~shufuku/

    http://www.jcpnpo.org/action/

    http://www.nabunken.go.jp/research/cambodia/project.html

    2、会社・工房

    http://www.kajima.co.jp/tech/traditional/01/index.html

    http://www.hollandgwabo.com/global/library/content1.html

    http://homepage1.nifty.com/y-nakatsuka/consevationsworld08.html

    3、学校

    http://www.kyobi.ac.jp/subject/repair.html

    http://to-bi.ac.jp/dept/cr.html

    http://aigei-bunkazai.blogspot.jp/p/blog-page.html

    世界遺産 和紙について

     しばらくお休みしておりましたが、今回は、昨年11月に世界無形文化遺産に登録された和紙についてお話ししたいと思います。

     以前に登録されていた「石州半紙」に加え「本美濃和紙」「細川紙」の3つ。紙そのものでなく、作る伝統技術が登録されました。これらの和紙は次のような特徴を持っております。

    〔楮のみを原料とする〕

    和紙の原料には、楮、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)、竹、木材パルプ、などがありますが、今回登録された3つの特徴は原料に楮(こうぞ)のみが使われているということです。楮は光沢があり、雁皮や三椏に比べると繊維が長いため、美しい和紙を漉くことができます。

     〔国産の原料だけを使う〕

     原料の楮はフィリピン、タイ、中国などからの輸入品もありますが、紙にしたときに油の塊が残るなどの問題もあり、すべて国産の原料だけを使用しています。石州半紙は地元産の楮を、本美濃和紙は茨城県産の最高級那須楮を、細川紙は地元産又は四国産を原料に限定しています。 但し、国内の楮生産者が減少しており、今後、原料調達に不安が残ります。

     〔だんだん白くなる〕

     紙を白くするために、一般的に塩素などの漂白剤が使われます。しかし、時間が過ぎると紫外線などの影響により黄ばみが出てきます。一方で、塩素漂白をしていない今回の3つの和紙は、当初は鮮やかな白ではありませんが、紫外線によりむしろ少しずつ白みを増してくるということです。

     また、それぞれの産地には、良い和紙作りには欠かせない良い水質を保った川が流れていることも特長です。

     〔日本固有の「流し漉き」〕

    手漉き和紙には二つの手法があります。一つは古代中国で始まり世界中に伝播され、現在も各国で手漉きの紙が漉かれている「溜め漉き」という手法。もう一つは平安初期に確立した日本独自の「流し漉き」という手法です。日本では両方が使われておりますが今回、世界文化遺産に登録された産地では「流し漉き」が使われております。

     「流し漉き」は、原料の入った水を何回も、汲み込み簀桁を揺らすことで均質で丈夫な紙を作ります。

     「溜め漉き」は一度だけ原料の入った水を汲み込み、簀桁を揺らして水が抜けるのを待つ方法で、紙にムラができやすい。

     厚い紙は「溜め漉き」がやりやすく、薄く表情のきれいな紙は「流し漉き」が良いなど、それぞれ長所、短所があります。

     和紙は世界的に見ても極めて優れた紙です。奈良の正倉院には、 1300年前のものといわれる和紙が残っています。しかし、和紙作りに携わる人の数が、この10年間におよそ40%減っています。50年前に比べると10分の1以下です。

     今回の世界遺産登録によって多くの人に、伝統の技術を守る大切さ感じてもらうとともに、若い和紙技術者の育成にも、つながればいいと思います。

     各産地を紹介した URLは下記のとおりです。

    美濃和紙 http://www.furukawashiko.com/minowashi/index.html

    石州半紙   http://www.sekishu.jp/cultural_heritage/index.html

    細川紙http://homepage2.nifty.com/t-nakajima/washimeguri3.htm

    全国手漉き和紙連合会・和紙産地マップhttp://www.tesukiwashi.jp/sanchi_map.htm

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